地域のお母さんが主体になって活動する
サークルも誕生!

育児講座
   自園管理栄養士による「離乳食について」

育児講座 福音館による
     「親子で楽しむ絵本の世界」

園内研究、研修で学ぶ職員。毎年、テーマ別で集団学習をし、園誌にまとめを発表します

運動会のあとのご苦労さん会の様子。懇談会
父親懇談会など保育園と父母のつながりを大切
にしています

24時間365日緊急一時保育を実施しています
下の写真が保育室。家庭的な雰囲気を大切に

職員と父母と地域の人たちで活動する太鼓サークル
「風の鼓」は地域のお祭りにも呼ばれて演奏!

クリスマスの行事食はバイキングメニュー!
給食の先生が腕をふるって作るご馳走!

合宿の日の夕飯は園庭で流しそうめん!

みんなの夢がつまった新園舎完成!!

昭和50年代、あおぞら保育園20年誌発行
社会がめまぐるしく変化して子どもの生活も
夜型になってきた時代。家庭、地域みんなで
手をつなぎ子育てするのが大事と保育目標が
うちだされました

昭和40年代の岸根公園!米軍の野戦基地だったのを
地域の人たちの運動で返還されみんなの憩いの公園に
なりました。基地の時代は園児が米軍のジープにひかれて
大怪我をしたこともあったのです。

5歳児さくら組の園舎の前で・・タイヤとびの上に
座って楽しそうにおしゃべり!

10坪で始まった園舎を継ぎ足し、継ぎ足しして
昭和40年、年齢別の保育の基礎が作られました。

署名や陳情を繰り返し、やっとの思いで土地を
購入日曜には町の人たちが集まり、地ならしや
古材を集め建設のために協力してくださいました

「保育は幼児教育」との信念を持っていた
初代園長先生。保育所設置協議会、今の
保育問題協議会の初代会長でもありました。
公立保育所設置運動の先頭にたっていました

地域の要求から生まれた地域の保育園
これがあおぞらの出発

写真でみるあおぞら

地域のお母さんたちの運動によって
共同保育がスタート

初代保育士の小泉さんは参議院議員の秘書を
やめてあおぞらへ、パワフルな保育で活躍され
ました

旧園舎の写真。六角橋プールの脱衣所で
始まったあおぞら、この保育園を建設するに
あたって毎晩おかあさんたちは集まって相談
建設資金を作り、みんなの力で建設されました。

昭和35年ついに保育園が認可されました!
横浜市内で61か所目でした。

当時の園庭の様子。この太鼓橋はお母さんたちが
リヤカーをひき廃品回収をしてお金を集めて買った
もの。冬になると焚き火を囲んでやきいもを焼いて
食べました

40年前の園庭での運動会!お父さんの参加
が多かった様子が伺えますね

基地返還によってできた岸根公園であおぞらの
子どもたちはのびのびあそび元気なあおぞらっこ
がいっぱい育ちました

この保育目標はずーっと今にひきつがれてます

平成7年、園舎も老朽化し、理想的な園舎をつくろう!
との取り組みがはじまり、職員や父母からアンケート
をとって夢の81項目の要求がだされました

5歳児お泊まり保育「合宿」の日に電車にのって
三ツ沢の市民の森まで遠出のお散歩

クリスマス会。サンタさんは0歳児のお父さん!
ナイショ、ナイショ!

子どもたちの豊かな育ちには豊かな食生活が
大事!完全給食を実施してます

平成17年横浜市立保育園の民間委託を受けて法人で3つ目の保育園が誕生しました。金沢文庫にあります。

病後児保育室「さくらんぼ」の様子です

平成12年地域の要求に応えて開園
病後児保育、地域子育て支援センターの事業も
新たに開始。平成17年には横浜市育児支援セン
ター園として指定されました

育児支援センターいちご畑でひな祭り製作

育児講座を年4回実施 
嘱託医による「こどもの病気とけが」

育児講座
   嘱託歯科医師による「こどもの歯」

地域の高齢者の方々との交流。伝承遊びを
教えていただいたり、地域のケアプラザに訪問
することもあります。

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